今日も旅天気
 
アジア大好き。共産党は大嫌い。
 



2006年1月17日を表示

ノモンハンへの道2

ノモンハンへの道と書いていながら突然帰り道の話。驚いた人もいただろう。話のついでに書いたのであって、改めてノモンハンの話を書こう。
 ノモンハンに関する本を読んだことのある人は破壊された日本の戦車の写真を見た人もいるだろう。私たちもその写真を撮り、その戦車に日本酒をかけてくるつもりだった。霊に取り付かれたらどうしょう、って酒の話になった。まあ日本に帰り着いたら離れてくれるだろうと冗談半分、本気半分であった。
 ところが戦車が無いのである。ロシア製の戦車はあちらこちらで記念に展示されているのだが、日本の戦車の残骸がない。地元の人に聞いてみる。英語を話す人が少なく苦労したが、やっと聞くことができた。
 彼によると数年前まではあったのだが、最近の鉄価格の高騰により中国に売ってしまったらしい。国境まで数十キロだからね。モンゴル人が酒代欲しさに売ったのだろう。そういえば、ここまで来る車ですれ違ったトラックにも屑鉄を積んだのも多かった。
 ノモンハンの町、はほんとに小さな町だった。電気も水道も無く、小さな博物館はあるのだが、電気が無いので中の展示物を見たい時はガソリンを提供しなければならない。発電機と照明はあるのだ。博物館を作った時には一応設備を作ったのだろうが、インフラが追いつかない。泊まったのはこの博物館付属の宿。もちろん、食堂なんて無いので自炊である。水は井戸に汲みにいく。
 電気も水も無いけどトラはいた。モンゴルドラである。夜中に酔っ払ってホテルに侵入してきた大男。私と殴り合いになりました。もちろん相手が先に手を出したのです。でも酔っ払いは殴っても効きません。結局宿の女性従業員が出てきて彼を追い出しました。さすがにモンゴリアンタイガーも顔見知りの女性を殴ることもなく、何か叫びながら出て行った。久しぶりに人を殴ったので拳が痛かった。
 翌日タイガーの母親がお酒を持って謝りにきました。

 ふと考えた。このノモンハンで日本軍ががんばらなければ満洲はロシア領だったろうな、と。もちろん結果論である。でも結果として中国は得をしたわけだから感謝してもいいと思う。



2006年1月17日(火)02:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | レジャー・旅行 | 管理


(1/1ページ)